【悲報】サイゼリヤの魂「若鶏のディアボラ風」を待ち望む。私がサイゼを愛してやまない理由

今日は、サイゼリヤが好きな方ならきっと共感していただけるであろう、少し切なくて、それでもやっぱり愛を語らずにはいられない話を書きたいと思います。
それは、私にとってサイゼリヤの“魂”ともいえるメニュー、「若鶏のディアボラ風」についてです。
私にとってのサイゼリヤの象徴
皆さんには、サイゼリヤに行ったら必ず頼む定番メニューはありますか。
ミラノ風ドリア、辛味チキン、小エビのサラダ、エスカルゴのオーブン焼き……どれも魅力的で、サイゼリヤには「これを食べに来た」と思えるメニューがたくさんありますよね。
その中でも、私が真っ先に思い浮かべるのが「若鶏のディアボラ風」です。一部では変換ミスも含めて「ディアスポラ」などと呼ばれたりもしますが、それもまた愛されている証拠なのかもしれません。あの鶏肉の香ばしい焼き加減、パリッとした皮目、そして何より、たっぷりとかかった野菜ソースのあの味わい。あれを口にすると、「ああ、サイゼに来たな」としみじみ感じます。
私にとって、若鶏のディアボラ風は単なる一品ではありません。サイゼリヤらしさそのものを象徴する存在です。
実際にお店へ行って、売り切れだった日の悲しさ
今回このことを書こうと思ったのは、ニュースでメニュー変更や休止の話題を見かけたこともありますが、何より自分自身が実際にお店へ行って、若鶏のディアボラ風を食べようと思っていたのに売り切れだった、という出来事があったからです。
あの日は、頭の中が完全に“ディアボラ風モード”でした。今日はこれを食べると決めて店に入り、席についてメニューを確認して、注文しようとしたそのときに売り切れだと分かったのです。あの瞬間のショックは、なかなか言葉にできませんでした。
もちろん、サイゼリヤにはほかにもおいしいメニューがたくさんあります。実際、何を頼んでも満足できる安心感があります。でも、その日はどうしても若鶏のディアボラ風の口になっていたので、「今日は会える」と思っていた相手に会えなかったような、そんな寂しさがありました。
大げさに聞こえるかもしれませんが、それくらい私にとって大切なメニューなのです。
(via サイゼリアの告知)
サイゼリヤは、ただ安いだけのお店ではありません
それにしても、なぜここまで一つのメニューに心を動かされるのだろうと自分でも思います。ですが、考えてみると理由ははっきりしています。サイゼリヤは、ただ安いだけのお店ではないからです。
疲れている日でも、財布に少し不安がある日でも、気軽に入れて、ちゃんと満足させてくれる。しかも、その価格で本当にこの味でいいのですかと言いたくなるほど、料理の完成度が高い。あの安心感と信頼感は、ほかではなかなか得られません。
ミラノ風ドリアの安定感には、何度助けられたか分かりません。エスカルゴのオーブン焼きは、ついワインを頼みたくなる特別感があります。そして、若鶏のディアボラ風は、そんなサイゼリヤの魅力を一皿に凝縮したような存在です。
サイゼリヤのテーブルに座って料理を待つ時間には、どこかほっとする温かさがあります。気取らず、無理をせず、それでいてちゃんとおいしい。その絶妙なバランスが、多くの人を惹きつけているのだと思います。
だからこそ、復活を待ち望んでいますメニューは時代とともに変わりますし、原材料や提供体制の事情もあるのでしょう。企業としていろいろな工夫や調整を重ねていることも分かります。
それでも、あえて言わせてください。
私は、若鶏のディアボラ風の“あの感じ”がまたしっかり楽しめる日を、ずっと待っています。あの野菜ソースがたっぷりのった、あの一皿をまた心から満喫したいのです。実際にお店へ行って売り切れと知ったときの悲しさを味わったからこそ、その思いはいっそう強くなりました。
形が変わっても、提供方法が変わっても、私はこれからもサイゼリヤを応援し続けます。ほかの魅力的なメニューを楽しみながら、それでもやはり心のどこかで、若鶏のディアボラ風の完全復活を願い続けるのだと思います。
それでも、やっぱりサイゼが好きです
売り切れで食べられなかった日は正直かなり悲しかったです。でも、その悲しさすら「それだけ好きなのだな」と気づかせてくれました。
サイゼリヤには、ただ食事をする場所以上の魅力があります。ふらっと立ち寄れて、心を少し軽くしてくれて、また来ようと思わせてくれる。そんな存在だからこそ、私たちはサイゼを愛してやまないのだと思います。
そして私は、これからもきっとサイゼリヤに通い続けます。その先で、またあの若鶏のディアボラ風に思い切り再会できる日が来ることを願いながら。
皆さんの好きなサイゼリヤメニューや思い出も、ぜひ教えてください。





