[せんべろコラム]iPhoneは便利だが、「iPhoneでは幸せになれない」

電車に乗っていると、ほとんどの人がスマートフォンを見ているのが日常光景になっている。

ちょっと画面が見えたときに何を使っているのか、確認するとLINEやゲーム、動画の視聴だ。
LINEは対面にような完全なコミュニケーションではなく、簡易なコミュニケーション手法だ。

他のゲームや動画は興奮や知識をもたらしてくれたりするが、多くの場合あくまでも暇つぶしにしか過ぎない。
まあ、それらのコンテンツについてSNSで交流するということはあるだろうが。

iPhoneは非常に便利なコンテンツだ。自分の思考を広げてくれる情報を簡単に入手できるし、思わぬ世界との出会いもある。そのような効用はある。

また、これから普及するであろう仮想現実や拡張現実も多くに刺激を与えてくれ、食欲や性欲のように欲望を掻き立ててくれるだろう。

テクノロジーの爆発的な普及は欲望を刺激してくれる快感から始まることが多い。だから彼氏や彼女がいない人たち向けに、これまで二次元でしか提供されなかったものが、疑似三次元で、魅力的なサービスが提供されるかもしれない。

それが本当の心の平安をもたらせてくれるかと言うと、それには程遠い。

iPhoneは、テクノロジー社会でいくていくためのツールにしか過ぎないし、それは幸福の入り口ではないし、幸福を導いてくれるツールでもない。

私たちの世界は、一義的に精神的なものよりも感覚的なものを提供してくれる。
だが、実はその背景には、マインドの海があり、また、その奥には、私たちの共通の基盤がある。

その一面をユングは集合的無意識と言ったが、それは基盤を物理的な視点から見た地一面にしかすぎない。

平凡な科学者は、現在の科学で解明できないことを否定しがちだ。彼らにとって科学とは権威と生活の場における安住の地に過ぎない。
だが偉大な科学者は、現在の科学で解明できないものを否定しない。
それは有能な科学者はパラダイムシフトを恐れないからだ。彼らが求めるのは、真実であり、権威を守ることではないからだ。

幸福のきっかけは、自分の中でパラダイムシフトが起こることだ。
今までの近視眼的な思考や生活から、メタ思考というべき視野のシフトが起こる。

厳密に言うとそれは過去の経験を踏まえた思考基盤からシフトするのではなく、感覚と思考の世界を包含し、より広い意識(根源的意識)に留まるといった方がよい。

私たちは、いつも自問自答している。科学の進歩や物質的な豊かさによって、人間は幸福になるのか?
その答えは、いつも相対的でイエスであり、ノーなのだ。

iPhoneを便利なツールと割り切り、一日くらい触らなくても差し支えがないと思えてくるまでは、私たちは感覚や習慣の奴隷なのだ。

合掌